大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)953号 判決 1990年7月17日

本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件原告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件被告) 中央観光バス株式会社

右代表者代表取締役 所敏勝

本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件原告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件被告)昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件被告 株式会社ライフサイエンスクラブ

右代表者代表取締役 所敏勝

右両名訴訟代理人弁護士 酒井武義

本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件被告 (反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件原告) 株式会社アート・リバー

右代表者代表取締役 絵川新二

昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件原告 絵川新二

右両名訴訟代理人弁護士 千本忠一

主文

一1  本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件原告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件被告)らと本訴同号事件被告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件原告)株式会社アート・リバーとの間で、右本訴原告(反訴被告)らの右本訴被告(反訴原告)に対する昭和六一年五月一日付コンサルタント業務契約及びコンサルタント報酬契約に基づく債務が存在しないことを確認する。

2  反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件原告株式会社アート・リバーの反訴請求をいずれも棄却する。

二1  昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件被告株式会社ライフサイエンスクラブは、同号事件原告絵川新二に対し、金三五万円及びこれに対する昭和六二年一〇月二三日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件原告絵川新二のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件原告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件被告)らと本訴同号事件被告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件原告)株式会社アート・リバー間の分は、本訴反訴を通じて右本訴被告(反訴原告)の負担とし、昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件原告絵川新二と同号事件被告株式会社ライフサイエンスクラブ間の分は、これを二分し、その一を同号事件原告絵川新二の、その余を同号事件被告株式会社ライフサイエンスクラブの、各負担とする。

以下、「本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件原告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件被告)中央観光バス株式会社」を「第一事件原告中央観光バス」と、「本訴同号事件原告(反訴同号事件被告)、昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件被告株式会社ライフサイエンスクラブ」を「第一事件原告ライフサイエンス」と、「本訴昭和六二年(ワ)第五一五号事件被告(反訴昭和六二年(ワ)第九五三号事件原告)株式会社アート・リバー」を「第一事件被告アート・リバー」と、「昭和六二年(ワ)第一四七〇号事件原告絵川新二」を「第二事件原告絵川新二」と、各略称する。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一  本訴

1 第一事件原告ら

(一) 主文第一項1同旨。

(二) 訴訟費用は第一事件被告アート・リバーの負担する。

2 第一事件被告アート・リバー

(一) 第一事件原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は第一事件原告らの負担とする。

二  反訴

1 第一事件被告アート・リバー

(一) 第一事件原告らは、第一事件被告アート・リバーに対し、各自金七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年七月四日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は第一事件原告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

2 第一事件原告ら

(一) 主文第一項2同旨。

(二) 訴訟費用は第一事件被告アート・リバーの負担する。

(第二事件について)

一  第二事件原告絵川新二

1 第一事件原告ライフサイエンスは、第二事件原告絵川新二に対し、金七〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月二三日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は第一事件原告ライスサイエンスの負担とする。

二  第一事件原告ライフサイエンス

1 第二事件原告絵川新二の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第二事件原告絵川新二の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件について)

一  本訴

1 第一事件原告らの請求原因

(一) (当事者)

(1)  第一事件原告中央観光バスは、道路運送法による自動車運送事業を主たる目的とする株式会社で、大阪市鶴見区諸口六丁目二番六三号所在の白雪記念病院(以下「本件病院」という。)を所有しており、第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件原告中央観光バスの系列企業で、本件病院と提携し、その指導及び施設を利用して会員並びにその家族の健康管理を目的とする株式会社である。

(2)  第一事件被告アート・リバーは、昭和六〇年九月一三日、資本金一〇〇万円をもって、飲食店経営、日用品雑貨販売業、医療保険事務の代行、医療検査技術者等の派遣業務、小型船舶の賃貸業、医療機器のリース業及びそれらの付帯事業を目的として設立された株式会社であり、その代表者である第二事件原告絵川新二は、医師である。

(二) (本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約の締結)

(1)  第一事件原告ライフサイエンスは、昭和六一年五月一日、第一事件被告アート・リバーとの間で、次のコンサルタント業務契約を締結した(以下「本件コンサルタント業務契約」という。)

(イ) 第一事件被告アート・リバーは、第一事件原告ライフサイエンスの経営する本件病院の経営改善に寄与するため、医療情報等諸資料の分析ならびに諸調査活動を通じて、本件病院の経営について、コンサルテーションをするものとする(第一条)。

(ロ) 第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーに対して、コンサルテーションの報酬として、本件病院の赤字削減部分の二〇パーセント、黒字転換後は、更に黒字部分の三〇パーセントを支払う。細目は、別途協議してこれを定める(第二条)。

(ハ) 第一事件被告アート・リバーが第一事件原告ライフサイエンスに対するコンサルテーションをするために支出した交通費、資料収集及び調査活動に要した費用は、右被告の負担とする(第三条)。

(ニ) この契約は、昭和六一年五月一日から三年間有効とし、期間満了の三か月前までに契約終了の意思表示が当事者の一方から相手方にされないときは、有効期間はさらに三年間自動的に延長されるものとし、以後も同様とする。ただし、本件病院の経営改善が成功し、昭和六四年四月までに黒字転換した場合、第一事件原告ライフサイエンスの方からは一方的に契約を終了できない(第四条)。

(ホ) 第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーの同意がなければ、本件病院に対し、金一〇〇万円以上の設備投資を行ってはならない(第五条)。

(ヘ) 第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーの行うコンサルティング活動の必要上生じる医療従事者の雇傭及び解雇、診療コスト引き下げのための諸施策等に対し、できるだけの協力を行うものとする(第六条)。

(2)  次いで、第一事件原告ら、第一事件被告アート・リバー及び訴外比佐禎史(公認会計士。以下「比佐」という。)は、右同日、本件コンサルタント業務契約に付随して、コンサルタント報酬契約を締結した(以下「本件コンサルタント報酬契約」という。)。

(イ) 比佐は、昭和六〇年五月一日から昭和六一年四月三〇日までの、本件病院の経営成績を基に、昭和六一年四月三〇日現在の経営組織、医療体制でそのまま推移したとした場合の予想損益計算書を毎年六月三〇日までに作成する(第一条)。

(ロ) 比佐が(イ)の規定により作成した予想損益計算書と、毎年比佐が作成する本件病院の実績の損益計算書の経常損益の差額をコンサルタント料の算定の基礎とする(第二条)。

(ハ) (ロ)により算定された経常損益の差額の、赤字削減部分については二〇パーセント、黒字部分については三〇パーセントをコンサルタント料とする(第三条)。

(ニ) 第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーに対し、(ハ)の定めるところにより、比佐が計算した金額を支払うものとする(第四条)。

(ホ) 第一事件原告ライフサイエンスは、毎月月末までに、コンサルタント料の仮払いとして、第一事件被告アート・リバーの指定する口座に、毎月金五〇万円を支払うものとする(第五条)。

(ヘ) 第一事件原告ライフサイエンスは、比佐が作成する毎月の予算実績対比表の経常損益の差額に対し、一〇パーセントを毎月月末までに第一事件被告アート・リバーの指定する口座に支払うものとする(第六条)。

(ト) 右(ホ)、(ヘ)により支払われたコンサルタント料の精算は、毎年六月三〇日までに(ハ)の定めるところにより行い、第一事件原告ライフサイエンス、第一事件被告アート・リバーは、その金額をそれぞれが指定する口座に振込むものとする(第七条)。

(チ) 第一事件原告ライフサイエンスは、(ハ)及び(ホ)、(ヘ)、(ト)に定めるコンサルタント料の他、第一事件被告アート・リバーがコンサルテーションのため、第一事件被告アート・リバーの代表者兼第二事件原告絵川新二が行った医療行為に対する相当の額を、第二事件原告絵川新二に対し、直接支払わなければならない(第八条)。

(リ) 第一事件原告中央観光バスは、第一事件原告ライフサイエンスが債務超過に陥る等、コンサルタント料の支払いを遅延した時は、第一事件原告ライフサイエンスに代わって第一事件被告アート・リバーに対しコンサルタント料を支払わなければならない(第九条)。

(ヌ) 第一事件被告アート・リバーの責に帰すべき理由によらず、第一事件原告ライフサイエンスが本件病院の閉鎖のやむなきに至った場合、右被告の逸失利益として、右原告は右被告に対し、前一年間のコンサルタント料を更に加算して支払わなければならない(第一〇条)。

(三) (第一事件原告らの本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約に基づく債務の不存在)

しかし、第一事件被告アート・リバーは、本件コンサルタント業務契約を締結して以来、同契約に基づく諸資料の分析や調査活動を全く行っていないし、加えて、第一事件原告ライフサイエンスは、昭和六一年七月末ころ、第一事件被告アート・リバーに対し、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、そのころ右被告に到達したから、第一事件原告らは、第一事件被告アート・リバーに対し、現在右各契約に基づく債務を何ら負担していない。

(四) (第一事件被告アート・リバーの右(三)に対する主張)

ところが、第一事件被告アート・リバーは、第一事件原告らに対し、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約に基づくコンサルタント料の仮払金及び損害賠償金の支払いを求めている。

(五) (結論)

よって、第一事件原告らは、本訴により、第一事件原告らと第一事件被告アート・リバーとの間で、右原告らの右被告に対する本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約に基づく債務が存在しないことの確認を求める。

2 第一事件被告アート・リバーの本訴請求原因に対する答弁

(一) 本訴請求原因(一)、(二)の各事実はいずれも認める。

(二) 同(三)中、第一事件原告ライフサイエンスが、昭和六一年七月末ころ、第一事件被告アート・リバーに対し、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示がそのころ右被告に到達したことは認めるが、同(三)のその余の事実は争う。

(三) 同(四)の事実は認める。

(四) 同(五)の主張は争う。第一事件被告アート・リバーが現在第一事件原告らに対しその主張にかかる各契約に基づく債権を有することは、後記反訴において主張するとおりである。

二  反訴

1 第一事件被告アート・リバーの反訴請求原因

(一) (当事者)

本訴請求原因1(一)の各事実と同一であるから、これを引用する。

(二) (本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約の締結)

(1)  本訴請求原因1(二)の各事実と同一であるから、これを引用する。

(2)  第一事件原告中央観光バスは、昭和六一年五月一日、本件コンサルタント報酬契約第九条の条項に基づき、第一事件被告アート・リバーに対し、第一事件原告ライフサイエンスが本件コンサルタント業務契約等に基づいて右被告に負担する一切の債務の履行につき、その(連帯)保証をした。

(三) (本件コンサルタント業務契約の遂行)

第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二は、本件コンサルタント業務契約に基づき、昭和六一年八月末ころまで、次のとおり、本件病院の経営改善のためのコンサルタント業務を遂行した。すなわち、

(1)  第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二は、本件病院の経営に関する財務諸表の調査・検討を重ね、同年五月初旬ころ、経営改善に関する基本計画を策定し、第一事件原告ライフサイエンス側に提示した。

(2)  そして、右絵川新二は、右経営改善マニュアルに基づき、個別的な改善項目に関する関係書類の調査・検討を重ね、順次経営改善に着手したものであるところ、経営改善の主要項目とその実行の状況は、以下に述べるとおりである。

(イ) 第一項目として、財務関係を取り上げ、収入の増加、支出の減少という改善目標を立てた。

この項目の検討には、比佐の指示監督の下にその事務所が作成した貸借対照表、損益計算書及び付属明細資料を調査・点検して、過剰な支出項目を見い出し、その削減を図るため、低価格薬剤への変換、各種検査等の外注先の変更を実施し、医療機器納入業者の見直しに着手した。

(ロ) 第二項目として、一般に病院経営においては給与が支出の中で大きな比重を占めるので、本件病院においても給与体系の見直し及び医師を含む職員の勤務体系の検討を実施した。

右調査の資料としては、本件病院作成の給与明細一覧表、週間勤務表及び入院・外来別患者数一覧表等を用い、これらの各種調査・検討の結果、常勤医の不足による非常勤医師への依存に基づく冗費の過剰支出や部門別職員配置の不均衡による余剰人員の存在等が判明し、右改善に対する助言・指導を行うとともに、本件病院の産婦人科等不採算部門の廃止の処置も講じた。

(ハ) 第三項目として、営業成績の向上を図り、その方法として医療従事者にコスト意識を徹底するとともに、使用薬剤の院内セットの見直しを実施し、これと関連して各種検査のセット化による適正価格の維持を図り、病・老人の短期入院制度の開始等、業務内容の拡張にも着手した。

(ニ) そして、右各種改善項目に関し、右絵川新二は、その都度文書により改善のための助言・指導を行い、併せて、同年五月八日から毎週木曜日に院長、副院長、事務長及び事務次長等を交えて経営改善会議を実施するとともに、経営改善の一環として、必要に応じ自ら外来診療をも実施した。

(四) (本件コンサルタント業務契約等の解除)

第一事件原告ライフサイエンスの代表者所敏勝は、本件コンサルタント業務契約の遂行中である昭和六一年七月末ころ、第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二に対し、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は、そのころ、右絵川新二に到達した。

(五) (本件解除の無効)

(1)  本件コンサルタント業務契約は、所謂準委任契約(民法六五六条)とみるべきであるから、その限りで、法律効果の発生要件や法律効果については同法の委任に関する規定により律せられるべきものである。

(2)  しかしながら、本件コンサルタント業務契約には、これに付随して報酬に関する本件コンサルタント報酬契約が締結されているから、本件コンサルタント業務契約は有償の(準)委任契約であるうえ、本件コンサルタント業務契約第四条には、「この契約は、昭和六一年五月一日から三年間有効とし、期間満了の三か月前までに契約終了の意思表示が当事者の一方から相手方にされないときは、有効期間は更に三年間自動的に延長されるものとし、以後も同様とする。」旨規定されていて、契約当事者間に契約期間に関する合意が存在し、また、本件コンサルタント報酬契約第一〇条には、「第一事件被告アート・リバーの責に帰すべき理由によらず、第一事件原告ライフサイエンスが本件病院の閉鎖のやむなきに至った場合、第一事件被告アート・リバーの逸失利益として、第一事件原告ライフサイエンスは第一事件被告アート・リバーに対し、前一年間のコンサルタント料を更に加算して支払わなければならない。」旨規定されていて、逸失利益算出の困難を除き、かつ、契約期間中における本件コンサルタント業務契約の存続を担保する目的で、契約当事者間に損害賠償に関する合意が存在している。そして、かかる各合意の存在は、本件コンサルタント業務契約が、医学上・薬学上の高度な知識・経験や病院経営上の知識・経験を用いて、慢性的な赤字体質を抱えた病院の経営改善を図ることを目的とするものであって、かかる改善効果を見定めるためには相当期間を必要とすることから、契約当事者において自由に何時でも本件コンサルタント業務契約を解除しうることとしては実効性あるコンサルタント業務を遂行し難いという特質に由来する。

(3)  そうすると、本件コンサルタント業務契約には、同契約が報酬特約のある有償契約であり、かつ、前記契約期間に関する合意及び損害賠償に関する合意が存在することに鑑み、当事者間に、本件コンサルタント業務契約を一方的に解除しない旨の特約があるものというべきであり、したがって、右契約が受任者たる第一事件被告アート・リバーのためにも締結された(準)委任契約であるか否かにかかわらず、これを民法六五一条一項によって解除することはできず、第一事件原告ライフサイエンスによる本件解除は無効である。

(六)(1)  (第一事件被告アート・リバーの本件仮払い金請求)

第一事件被告アート・リバーは、第一事件原告らに対し、本件コンサルタント報酬契約第五条により、昭和六一年七月及び八月分のコンサルタント料仮払い金合計金一〇〇万円を請求できる。

(2)  (第一事件被告アート・リバーにおける本件損害賠償請求権の取得事由一)

第一事件被告アート・リバーは、昭和六一年九月中旬ころ、第一事件原告中央観光バスが第三者に本件病院の経営権を譲渡あるいは賃貸した旨の情報を得たので、そのころ、本件コンサルタント業務契約に基づく業務の遂行を断念せざるを得なくなった。

しかして、本件コンサルタント報酬契約第一〇条は、契約期間満了以外の事由による契約失効の場合の措置について合意したものであるから、右条項の適用の可否については本件コンサルタント業務契約が継続できる状態にあるか否かを基準として判断すべきところ、同条項にいう「本件病院の閉鎖」とは、事実上の閉鎖にとどまらず、本件の如く物理的には本件病院が存在しても、契約当事者間において本件コンサルタント業務契約を継続することができない法的状態に至った場合をも包含するものと解すべきであるから、第一事件被告アート・リバーは、前記コンサルタント業務の遂行断念が前記条項の「本件病院の閉鎖」に該当するものとして、仮にそうでないとしてもこれに準ずるものとして、同条項に定める逸失利益である一年間のコンサルタント料仮払い金相当額、すなわち仮払い金一か月金五〇万円の割合による一年分の合計金六〇〇万円の損害賠償金の支払いを請求し得るというべきである。

(3)  (第一事件被告アート・リバーにおける本件損害賠償金請求権の取得事由二)

仮に、第一事件原告ライフサイエンスによる本件コンサルタント業務契約等の解除が有効であるとしても、右各契約は、受任者たる第一事件被告アート・リバーの利益のためにも締結されたものであるから、右被告アート・リバーが各契約の解除によって被る不利益については、委任者たる右原告ライフサイエンスに対して損害賠償金請求権を有するのは明らかであるところ、かかる本件コンサルタント業務契約等の解除による損害賠償額については、前記(五)、(2) で主張した右契約の特質に鑑み、民法六五一条二項によるのではなく、本件コンサルタント報酬契約第一〇条に準拠すべきであり、しかも、同条項は、一種の違約金に関する合意であって、違約金の発生につき何ら損害の存否を問わないから、右被告アート・リバーは、前記(六)の場合と同様、金六〇〇万円の損害賠償の支払いを請求し得るものというべきである。

(七) (結論)

よって、第一事件被告アート・リバーは、第一事件原告ら各自に対し、本件コンサルタント報酬契約第五条に基づく昭和六一年七月分及び八月分のコンサルタント料仮払い金合計金一〇〇万円と同契約第一〇条に基づく損害賠償金六〇〇万円との合計金七〇〇万円及びこれに対する履行期到来後であり、かつ反訴状送達日の翌日である昭和六二年七月四日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 反訴請求原因に対する第一事件原告らの答弁及び抗弁

(一) 答弁

(1)  反訴請求原因(一)、(二)の各事実はいずれも認める。

(2)  同(三)の事実は争う。

第一事件被告アート・リバーは、本件コンサルタント業務契約等を締結して以来、同契約に基づく諸資料の分析や調査活動を全く行っていないし、後述のとおり、本件病院の運営に混乱を惹起したにすぎない。

(3)  同(四)の事実は認める。

(4)  同(五)中、本件コンサルタント業務契約が委任類似の法律関係とみるべきであること、同契約に第一事件被告アート・リバー主張の内容を持つ第三条が存在すること、本件コンサルタント報酬契約に右被告主張の内容を持つ第一〇条が存在することは認めるが、同(五)のその余の主張はすべて争う。

第一事件原告ライフサイエンスの第一事件被告アート・リバーに対する本件各契約解除の意思表示は、次に述べるとおり正当かつ有効である。

(イ) 本件コンサルタント業務契約は、受任者である第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二が、本件病院の経営改善のために、同人の病院経営上の専門知識を提供する契約関係であったから、同人の病院経営上の技能・専門知識・判断能力に対する信頼を基礎として成立した委任類似の法律関係とみることができ、原則として民法の委任に関する諸規定が類推適用されるものと解すべきであるところ、受任者の利益とは委任事務と直接関係のある利益をいい、単に報酬の定めがあるだけでは受任者の利益をも目的としているとはいえないから、本件コンサルタント業務契約は、受任者である第一事件被告アート・リバーの利益をも目的として締結された場合に該当しない。

よって、第一事件原告ライフサイエンスは、民法六五一条一項により何時でも理由を述べずに、第一事件被告アート・リバーに対し、本件コンサルタント業務契約等を解除することができる。

(ロ) 仮に右(イ)の主張が認められないとしても、本件コンサルタント業務契約は、第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二の病院経営に対する高度の専門的知識、経験、能力に対する信頼を基礎として成立した契約であるから、もし、委任者である第一事件原告ライフサイエンスと受任者である第一事件被告アート・リバーとの間に信頼関係を失わしめる事由あるいは信頼関係に危惧の念を抱かしめる事由が発生したときには、委任者たる右原告ライフサイエンスにおいて、民法六五一条一項に基づき、受任者である右被告アート・リバーに対し、本件コンサルタント業務契約等を解除しうるものというべきである。しかるところ

(a) 右絵川新二は、非常に収益をあげている個人診療所の医師ではあるが、本件コンサルタント業務契約等締結までに病院経営のコンサルタント業務に一度も従事したことがなく、経営の破綻に直面した病院の経営改善に関するコンサルタント業務については全くの未経験者であった。

(b) 一方、本件病院は、鉄筋八階建、一六三床の規模を有する病院で、宮本前院長(京都大学医学部名誉教授で、第一事件原告ら代表者所敏勝の岳父。)が熱心なクリスチャンであったところから、医療中心に最高水準の診療を行い、地域住民に信頼される医療機関にすることを理想に掲げて運営されていたが、理想と現実とのギャップから、宮本前院長は本件病院の経営に挫折して退任し、その後、岡田院長が後任の院長に就任し、宮本前院長の医療中心の良心的な経営方針を維持したが、その経営は、恒常的な赤字を続けていた。かかる状況の下で、第一事件原告中央観光バスの顧問公認会計士であった比佐の紹介により、第一事件原告らは、第一事件被告アート・リバーとの間に本件コンサルタント業務契約等を締結したものである。

(c) ところが、右絵川新二の本件病院勤務の医師をはじめ医療従事者に対するコンサルテーション、すなわち本件病院の経営改善のための指導・助言たるや、病院が患者の生命と健康に奉仕し、患者の治療を主たる任務とする公益性の強い業務であることを看過して、もっぱら病院の収益をあげることを主目的とし、「高度医療は高額医療である。」とか「医療従事者にコスト意識を持たせる。」という類の所謂乱診乱療を内容としたものであったため、右絵川新二の右指導と助言は、関西医大からの派遺医師や本件病院の医師から非常な反発にあい、派遺医師の総引揚げという事態を惹起するに至った。

(d) そこで、第一事件原告ら代表者所敏勝は、右絵川新二のコンサルテーションに疑問と危惧を抱き、同人に対する信頼感情を喪失し、本件コンサルタント業務契約等の解除を考慮していた矢先に、融資先の銀行から本件病院の売却処分等を強硬に要請されたため、本件解除をなしたものである。

(e) 以上のとおり、第一事件原告ライフサイエンスによる本件解除の意思表示には相当な事由があったから、右解除の意思表示は有効というべきである。

(5)  同(六)(2) 中、第一事件原告中央観光バスが本件病院を他に賃貸したことは認めるが、同(六)のその余の事実はすべて争う。同(1) の本件仮払い金請求については、第一事件被告アート・リバーにおいて昭和六一年七月・八月の本件コンサルタント業務を遂行していないから、第一事件原告らには、右期間分の仮払い金を支払う義務がない。

(6)  同(七)の主張は争う。

なお、第一事件被告アート・リバーにおいて主張する本件損害賠償請求権の取得事由は、以下に述べるところから、すべて失当である。

(イ) 第一事件被告アート・リバーにおいて、本件コンサルタント業務契約等の解除により損害を被った事実はないから、右被告に本件コンサルタント報酬契約第一〇条に基づく損害賠償請求権が発生する余地はない。

(ロ) さらに、右条項は、「損害賠償」の表題のもとに、前記内容を規定しているところ、右条項の規定内容である逸失利益とは、一般に債務不履行がなければ得られた筈の利益をいい、また、違約金も債務不履行の場合に債務者が債権者に支払うべきものと予め定めた金銭であって、その性質は損害賠償額の予定であり(民法四二〇条三項も違約金を賠償額の予定と推定している。)、したがって、逸失利益の損害賠償請求権及び違約金請求権の発生原因は、いずれも債務不履行であり、その債務不履行を原因として損害が発生したことを前提としている。しかしながら、民法六五一条一項による解除は、委任が信頼関係を基礎とするものであることに鑑み、事務の処理がいかなる段階にあるかに関係なく、また何ら特別の事由がなくても解除をなしうる点で、債務不履行を理由とする解除とは本質的に異なるのであるから、本件コンサルタント業務契約等の解除がなされたからといって、第一事件被告アート・リバーが主張する本件コンサルタント報酬契約第一〇条に基づく逸失利益の損害賠償請求権あるいは違約金請求権は認められるべきではない。

(ハ) 民法六五一条二項は、相手方のために不利な時期における解除につき損害賠償義務を負うべき旨を定めているが、「相手方のために不利益な時期」とは、事務処理自体との関連において相手方に不利益な時期をいい、事務処理を条件として報酬を与える特約のある委任契約を中途解除するのは、右条項にいう不利益な時期における解除に当らない。

(二) 抗弁

(1)  仮に、本件解除が民法六五一条二項の「不利ナル時期」における解除に当るとしても、次に述べるとおり、同項但書の「巳ムコトヲ得ザル事由」があったから、第一事件原告らに損害賠償義務はない。すなわち、本件コンサルタント業務契約等の締結直後である昭和六一年六月初めころ、第一事件原告中央観光バスは、かねてより多額の融資を受けていた訴外住友信託銀行等から、返済金調達のため早急に本件病院を売却処分するか、将来の売却を予定して短期的に他に賃貸するよう強い要請を受け、やむなく、訴外出水川通孝(以下「出水川」という。)との間に、本件病院につき賃貸期間を五年とする賃貸借契約を締結した。このように、出水川が本件病院の経営を承継するようになったことから、第一事件原告らとしては、第一事件被告アート・リバーに本件コンサルタント業務契約に基づくコンサルタント業務を委託する必要がなくなったため、本件解除に及んだものであり、前記「巳ムコトヲ得ザル事由」が存在したことは明らかである。

(2)  仮に、本件解除による損害賠償額について、本件コンサルタント報酬契約第一〇条に準拠すべきであり、かつ、第一事件原告らにも何らかの債務不履行があったとしても、前記(一)、(4) 、(ロ)で主張したとおり、第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二は本件病院の経営改善に寄与したのではなく、非常勤医師の総引揚げという事態を発生させたことにより、単に本件病院に混乱を惹起したにすぎず、結果的に右絵川新二の指導・助言は有害無益であったことに帰着するから、信義則上、第一事件被告アート・リバーは、第一事件原告らに対し、本件コンサルタント報酬契約第一〇条に基づく逸失利益の賠償あるいは違約金の支払を請求することができない。

3 抗弁に対する第一事件被告アート・リバーの答弁

(一) 抗弁事実はすべて争う。

(二) 本件コンサルタント業務契約等の解除に伴う損害賠償責任に関しては、前記1、(五)、(2) で主張した契約期間に関する合意及び損害賠償に関する合意により、民法六五一条二項但書が、右合意の及ぶ範囲で適用されないと解すべきである。

(第二事件について)

一  第二事件原告絵川新二の請求原因

1 (本件診療契約の存在)

第一事件原告ライフサイエンスは、昭和六一年五月一日、第一事件被告アート・リバーとの間に、本件病院の経営改善のため本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約を締結した際、本件コンサルタント報酬契約第八条の内容による左記の診療契約を締結した(以下「本件診療契約」という。)。

第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーがコンサルテーションのため、右被告アート・リバー代表取締役兼第二事件原告絵川新二の行った診療行為に対する相当の額を、同人に対し、直接支払わなければならない。

2 (第二事件原告絵川新二の本件診療行為の存在)

そこで、第二事件原告絵川新二は、本件診療契約に基づき、同年五月一日から同年八月末日までの間前後七回にわたり、本件病院において診療行為に従事した。

3 (本件診療行為に対する相当報酬額)

第二事件原告絵川新二の右診療行為についての相当額は一回当り金一〇万円を下らない。

4 (結論)

よって、第二事件原告絵川新二は、第一事件原告ライフサイエンスに対し、右診療報酬金七〇万円及びこれに対する履行期到来後であり、かつ訴状送達日の翌日である昭和六二年一〇月二三日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する第一事件原告ライフサイエンスの答弁及び抗弁

1 答弁

(一) 請求原因1、2の各事実はいずれも認める。

ただし、第二事件原告絵川新二が本件診療行為に従事した日数は三日半であり、したがって、右原告が主張する七回とは午前・午後の各診療行為をそれぞれ一回と数えた回数である。

(二) 同3の事実は争う。

本件病院における非常勤医師の診療行為に対する一回当りの報酬は金三万円と定められており、午前・午後を通じて診療に従事した場合の報酬は金六万円であるから、第二事件原告絵川新二の本件診療行為に対する報酬額は一回当り金三万円が相当である。

(三) 同4の主張は争う。

2 抗弁(相殺)

(一) (法人格の否認)

第一事件被告アート・リバーの取締役は、第二事件原告絵川新二、その妻訴外絵川洋子及び被用者の訴外永田知隆の三名であるから、第一事件被告アート・リバーは実質的に右原告絵川新二の個人会社であって、会社すなわち右原告絵川新二であり、右被告アート・リバーの法人格の背後にある実体は右原告絵川新二にほかならず、その法人格は形骸にすぎないものとして否認されるべきである。

(二) (反対債務の存在)

(1)  第一事件原告ライフサイエンスは、本件コンサルタント報酬契約第五条に基づき、コンサルタント料の仮払いとして、昭和六一年五月分の仮払金五〇万円を同年六月二日に、同年六月分の仮払金五〇万円を同年七月一日に、それぞれ第一事件被告アート・リバーの指定する銀行口座に振込んで支払った。

(2)  ところが、第一事件反訴における抗弁(2) で主張したとおり、第一事件被告アート・リバーは、本件病院の経営改善に寄与したのではなく、非常勤医師の総引揚げという事態を発生させたことにより、単に本件病院に混乱を惹起したにすぎず、結果的に、右被告アート・リバーの指導・助言は有害無益であったことに帰着するから、右被告アート・リバーは、右仮払金合計金一〇〇万円を不当利得したものというべく、第一事件原告ライフサイエンスは、右被告アート・リバーに対し、不当利得返還請求権に基づき、右金一〇〇万円の返還を請求することができる。

3 そこで、第一事件原告ライフサイエンスは、第二事件原告絵川新二に対し、平成元年一二月八日の本件口頭弁論期日において、右原告絵川新二の本訴請求にかかる診療報酬債権金七〇万円と第一事件原告ライフサイエンスの第一事件被告アート・リバーに対する不当利得返還請求債権金一〇〇万円とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4 よって、第二事件原告絵川新二の本件診療報酬債権は、相殺によりすべて消滅した。

三  抗弁に対する第二事件原告絵川新二の答弁

抗弁事実(二)(1) は認めるが、その余の抗弁事実はすべて争う。

第三証拠<省略>

理由

第一第一事件

1  第一事件原告らの本訴請求(債務不存在確認請求)

(一)  第一事件原告らの本訴請求原因(一)(当事者)、(二)(本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約の締結)、同(四)(第一事件被告アート・リバーにおいて本件債権が存在する旨主張していること)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  第一事件被告アート・リバーの第一事件原告らに対する本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約に基づく仮払い金支払い債権及び損害賠償債権の存在が肯認できないことは、後記反訴請求に対する判断において認定説示するとおりである。

(三)  右認定説示に基づくと、第一事件原告らの本件債務不存在確認を求める本訴請求は理由があるというべきである。

2  第一事件被告アート・リバーの反訴請求(コンサルタント料等請求)

(一)  第一事件被告アート・リバーの反訴請求原因(一)(当事者)、(二)(本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約の締結)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  (本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約の締結に至る経緯並びに右各契約の法的性質)

(1)  前記当事者間に争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(イ) 本件病院は、京都大学医学部教授を定年退官した宮本前院長が名誉教授の称号を授与されたのを記念して、宮本前院長の女婿であり、第一事件原告ら代表者所敏勝が、第一事件原告中央観光バスの資金で建設した「宮本記念病院」をその前身とし、病床数一六三床、常勤医師数七名ほか約四〇名の非常勤医師と約一五〇名の職員を擁する鉄筋八階建の総合病院であるところ、宮本記念病院は、宮本前院長が病院長となって、昭和五七年五月に開業したが、同院長は熱心なクリスチャンであり、医療を中心に地域住民に信頼される医療機関たることを理想とする経営方針を貫いたことから、開業以来赤字経営が続き、結局、宮本前院長は、宮本記念病院の経営に挫折して、昭和六〇年四月病院長を退任し、その後任に和歌山県立医大名誉教授で同大学付属病院長を歴任した岡田院長が就任し、本件病院の名称も「白雪記念病院」と改称された。

(ロ) しかしながら、本件病院の業績は、右病院長の交代を機に急激に悪化し、しかも、岡田院長が宮本前院長の経営方針をそのまま踏襲したことから、恒常的な赤字経営が続き、昭和六一年三月ころには月々約金三〇〇〇万円の欠損を計上していた。

なお、第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件原告中央観光バスの系列企業で(代表者も所敏勝である。)、本件病院と提携し、会員を募集して、いわゆる「人間ドック」として当該会員において本件病院の指導・施設を利用してもらうことを目的に設立されたものであるところ、実質的には本件病院の経営管理会社であり、その企業会計は本件病院と一体となっている。

(ハ) 第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二は、昭和二五年生れの医師であるが、昭和五〇年三月大阪医科大学を卒業して医師免許を取得し、その後幾つかの病院で勤務医をした後、昭和五七年一〇月から、大阪市此花区において「明新クリニック」の名称で内科、小児科、放射線科、理学診療科、外科を標榜する病床数一九床の有床診療所を開業し、その経営に当っていたが、昭和六〇年一二月からは右診療所の経営を他人に譲り、自らは同診療所の勤務医として稼働していた。そして、右絵川新二は、昭和六〇年八月ころ、当時右明新クリニックの税務申告等の税務代理を委託していた公認会計士の比佐から、「会社を設立したらどうか。」と勧められ、右絵川新二自身も診療所経営とは別の事業をやってみたいとの意欲を有していたことから、同年九月一三日、飲食店経営、日用品雑貨販売業、医療保険事務の代行、医療検査技術者等の派遣業務等を目的とする第一事件被告アート・リバーを設立したが、右設立当初、右被告アート・リバーの業務として病院の経営改善に関するコンサルタント業務を行うことまでは考えていなかった。

(ニ) ところで、比佐は、第一事件原告らの顧問会計士でもあった関係上、かねてより本件病院の経営が慢性的な赤字状態でそれも悪化の一途を辿っていることを知悉していた。他方、比佐は、右絵川新二が明新クリニックの経営において極めて高収益をあげていたのも職業柄知っていた。そこで、比佐は、右絵川新二の病院経営に関するノウハウを本件病院の経営に導入することによって、本件病院の経営改善を図れるものと考え、昭和六一年三月ころ、右絵川新二に対し、本件病院の前記経営状態を説明して、その経営改善を図るため、同人が経営コンサルタントとして本件病院の経営に参画するよう要請した。右絵川新二は、それまでに、赤字経営の病院をたて直すためのコンサルタント業務に従事したことはなかったが、比佐を介して入手した本件病院の昭和六〇年末から昭和六一年初旬までの貸借対照表等の財務諸表を検討した結果、適切な経営改善を行えばかなり短期間のうちに黒字転換も可能と判断し、比佐の右要請に応ずることとした。なお、その際、比佐も、会計財務関係で右絵川新二に協力することを約束した。

(ホ) そこで、比佐は、昭和六一年四月ころ、第一事件原告ら代表者所敏勝に右絵川新二を引き合わせ、右所に対し、右絵川新二が高収益をあげている個人診療所の医師であると紹介した。そして、比佐は、右所に対し、重ねて右絵川新二における診療所の経営方法を本件病院に導入するならば、本件病院の経営改善を図ることができる旨を述べ、今後継続的に、右絵川新二に対して本件病院の経営改善に関するコンサルテーションを委託し、同人の指導・助言を受けるよう強く提案した。第一事件原告らとしては、当時、何よりも先ず、本件病院経営における前記認定の高額欠損(赤字)の発生を防止する必要に迫られていた。そのため、右所も、比佐から右提案を聞き、右提案にしたがって右絵川新二から本件病院の経営改善について指導・助言を受けたならば、右高額欠損の防止の措置となり得ると判断し、右提案を受けることに決めた。右絵川新二は、同月中旬ころから、本件病院の財務諸表等関係書類の調査・点検、明新クリニックの諸条件との比較検討を重ねた結果、同人の目からみて種々の問題点が明らかになり、第一事件被告アート・リバーの代表者としても、右会社の事業として本件病院の経営改善に関するコンサルテーションを引き受けることにし、当事者である第一事件原告ら及び今後協力を求めることになる比佐との間に基本的な合意をした。

(ヘ) 次いで、比佐は、右合意に基づいて契約条項案を策定し、昭和六一年五月一日、第一事件原告ライフサイエンスは、本件病院の経営改善を目的として、第一事件被告アート・リバーとの間に、本件コンサルタント業務契約(その内容は、本訴請求原因(二)(1) のとおり、なお、この事実は、前記のとおり当事者間に争いがない。)を締結するとともに、これに付随して、第一事件被告アート・リバーが報酬として受くべきコンサルタント料算定の細目と右算定の基礎となるべき予想損益計算書の作成等に関して、第一事件原告ら、第一事件被告アート・リバー及び比佐が、本件コンサルタント報酬契約(その内容は、本訴請求原因(二)(2) のとおり。なお、この事実も、前記のとおり当事者間に争いがない。)を締結し、右各当事者は、右各契約内容を記載した書面(<証拠>)にそれぞれ署名捺印し、これにより、第一事件原告中央観光バスは、第一事件被告アート・リバーとの間で、第一事件原告ライフサイエンスが右各契約に基づき右被告アート・リバーに対し負担すべき一切の債務の履行につき、連帯して保証する旨の約定をした。

(2)  右認定各事実を総合すれば、本件コンサルタント業務契約は、本件病院を経営・管理する第一事件原告ライフサイエンスが、医師の資格を有する第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二の病院経営に関する高度の専門的知識、能力及び経験を信頼し、第一事件被告アート・リバーに対し、経営不振に陥った本件病院の経営改善に寄与するため、医療情報等諸資料の分析並びに諸調査活動を通じて、本件病院の経営についてコンサルテーションを行うことの事務処理の委託を目的として締結された委任契約であって、委任者たる右原告ライフサイエンスの利益のために締結されたものであることは明らかであり、また、本件コンサルタント報酬契約は、形式的には本件コンサルタント業務契約と別途締結されているものの、実質的には、特に、右被告アート・リバーが右コンサルタント業務契約に基づき受託した右事務処理に対する報酬に関する細目を定める目的内容で、右コンサルタント業務契約に付随し締結されたと認められるから、右両契約は、全体として一個の委任契約というのが相当である。

(三)  (本件各契約解除の効力)

(1)  反訴請求原因(四)(第一事件原告ライフサイエンスの第一事件被告アート・リバーに対する本件各契約解除の意思表示及びその到達)の事実は、当事者間に争いがない。

(2)  そこで、右契約解除の効力について判断する。

(イ) 委任契約は、一般に当事者間の強い信頼関係を基礎として成立し存続するものであるから、当該委任契約が受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者は、民法六五一条一項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、かつ、解除にあたっては、受任者に対しその理由を告知することを要しないものというべきであり(最高裁昭和五八年九月二〇日第三小法廷判決・判例時報一一〇〇号五五頁以下参照)、また、委任契約において委任事務処理に対する報酬を支払う旨の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするものといえないというべきであるところ(最高裁昭和四三年九月三日第三小法廷判決・裁判集民事九二号一六九頁以下参照)、これらの理は、委任契約たる本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約についても何ら異なるところはないものと解するのが相当である。

(ロ) ところで、第一事件被告アート・リバーは、本件契約当事者間に、本件コンサルタント業務契約に基づく、右契約の期間に関してこれを三年間有効とする合意が存在すること(第四条)、及び本件コンサルタント報酬契約に基づく、「第一事件被告アート・リバーの責に帰すべき理由によらず、第一事件原告ライフサイエンスが本件病院の閉鎖のやむなきに至った場合、右被告アート・リバーの逸失利益として、右原告ライフサイエンスは右被告アート・リバーに対し、前一年間のコンサルタント料を更に加算して支払わなければならない。」旨の損害賠償に関する合意が存在すること(第一〇条)を根拠とし、本件契約当事者間に右契約期間は本件コンサルタント業務契約等を一方的に解除しない旨の特約があり、それ故、本件解除は無効である旨を主張している。

そこで、右被告アート・リバーの右主張について、その当否を判断する。

(a) 右被告アート・リバーの主張にかかる各合意及び各契約条項が存在することは、当事者間に争いがない。

(b) しかしながら、委任契約において、委任者が契約をいつでも解除できるということは、委任契約の本質であり、特に本件コンサルタント業務契約のように、委任者の利益のみを目的とし、かつ、専門的知識、経験、能力を要する事務処理を内容とするところから当事者間の信頼関係が特に重視されるべき契約においては、委任者の右解除権を保護すべき必要性が特に大きいものであることに鑑みると、委任者がそのような委任契約の本質的な権利を自ら制限し、あるいはこれを放棄したと認めるためには、単に期間及び受任者の逸失利益に関する損害賠償の定めがあったというだけでは足りず、当該期間中契約が継続しなければ委任契約の目的を果すことができない場合である等、委任者において特段の事情でもない限り約定の期間が満了するまで契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由のある場合であることが必要であると解するのが相当である。

(c) これを本件についてみると、

(I) 第一事件原告らが、本件コンサルタント業務契約等の締結に際し、右説示にかかる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由の存在については、これを認めるに足る証拠がない。

(II) かえって、第一事件原告らにおいて第一事件被告アート・リバーと本件各契約を締結したのは、本件病院経営における月々の高額損失(赤字)発生防止にあり、いわばその応急処置であり、右各契約内容の遂行により必ずしもその利潤獲得を図ったものでないこと、しかも、本件コンサルタント業務内容それ自体が、経営不振の本件病院の経営改善という、成功するか否か不確定要素の極めて強い事務処理であること、第二事件原告絵川新二は、たかだか個人の有床診療所を三年間経営して高い収益を上げた経験があるにすぎず、本件病院の如き物的・人的規模・設備を有する病院を経営したこともなければ、そのような病院の経営改善にたずさわった経験もなく、本件病院の経営改善についても、自己の個人診療所経営の手法・経験をそのまま単純に導入しようとしたことは、前記(二)において認定したとおりであるし、また、昭和六一年五月一日時点では、本件病院を所有する第一事件原告中央観光バスの経営不振が表面化し、そのため、本件各契約が締結された当時、本件病院を経営して行く基盤自体が弱体化していたことは、後記(四)において認定するとおりである。

右認定各事実に照らすと、第一事件原告らが本件コンサルタント業務契約等を締結するに際し、第一事件被告アート・リバーの主張にかかる各合意及び各条項を定めたからといって、これらをもって、右原告らにおいて右約定期間が満了するまで右各契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由があったとは認め得ない。

(d) 右認定説示から、第一事件被告アート・リバーが主張する本件各合意及び各条項の存在も、前記認定説示にかかる本件各契約解除の効力を何ら妨げるものでないというべきである。

よって、右被告アート・リバーのこの点に関する主張はすべて理由がない。

なお、本件において、前記説示にかかる特段の事情についての主張・立証はない。

(3)  よって、第一事件原告らは、民法六五一条一項に基づき、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約をいつでも解除し得たものであるから、右原告らがした本件解除の意思表示は有効であり、右各契約は、右意思表示により終了したというべきである。

第一事件被告アート・リバーのこの点に関する主張はすべて理由がない。

(四)  (第一事件被告アート・リバーの本件コンサルタント料仮払い金支払い請求)

(1)  前記(一)記載の当事者間に争いのない各事実と、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(イ) 第一事件原告ライフサイエンスが第一事件被告アート・リバーに対し支払うべき本件コンサルタント料は、比佐が毎年六月三〇日まで作成する予想損益計算書(昭和六〇年五月一日から昭和六一年四月三〇日までの本件病院の経営成績を基に、昭和六一年四月三〇日現在の経営組織、医療体制でそのまま推移したとした場合の予想損益計算書である。)と、比佐が毎年作成する本件病院の実績の経常損益の差額をその算定の基礎とし、かかる差額の赤字削減部分については二〇パーセント、黒字部分については三〇パーセントとされていた。(本件コンサルタント報酬契約第一条ないし第四条)。

(ロ) 右コンサルタント料の計算は、各年度における本件病院の実績に基づく経常損益の確定を待ってはじめて可能になるところから、右原告ライフサイエンスは、右被告アート・リバーの毎月のコンサルタント業務の遂行に対して、取りあえずコンサルタント料の仮払いとして毎月月末限り金五〇万円を支払うものとし、毎年六月三〇日までに、本件病院の決算の結果によりその実績に基づく経常損益が確定した時点でこれを精算する約定になっていた。(右報酬契約第五条、第七条)

(ハ) 右被告アート・リバーが本件コンサルテーションのため、右被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二が医療行為を行った場合には、右原告ライフサイエンスは、右絵川新二に対し、前記コンサルタント料の仮払い金とは別に、相当額の診療報酬を直接支払う約定となっていた。(右報酬契約第八条)

(2) (イ) <証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(a) 第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二は、本件コンサルタント業務契約締結前に既に本件病院側から入手していた比佐の作成にかかる本件病院の残高試算表(昭和六〇年一二月から昭和六一年二月分までのもの)のほか、本件病院の各部門別人件費(昭和六〇年一一月分及び同年一二月分のもの)、各科別収入明細、診療に従事する医師の名簿、外来患者延数(昭和六〇年一月から昭和六一年三月までのデータ)、週間勤務表等の資料に基づいて調査・検討を重ねた結果、本件病院の経営上の問題は、主として、(I)規模の割には非常勤医師が極めて多く、法外ともいえる経費が使われていること、(II)極めて患者数の僅少な病棟にも多額の人件費(とりわけ看護婦)がかかっていること、(III) 薬剤の納入の仕方が、薬価よりも納入価の方が高いなど杜撰であること、(IV)産婦人科を代表に多くの不採算部門を抱えていること等にあるものと判断し、経営改善の第一段階として、財務関係、人事・労務管理、営業成績向上策の三項目からなる本件病院の経営改善に関する基本方針を策定し、本件コンサルタント業務契約等の締結日である昭和六一年五月一日、右基本方針を項目的に記載した「病院改善マニュアル」(<証拠>。とりわけ、営業成績向上のための方法として、高度医療は高額医療である。医療従事者にコスト意識を持たせる。診療コストを伸ばすためのノウハウとして、注射・点滴のセット化、合理的な検査セット、検査抜け等の防止を掲げる。)を第一事件原告ライフサイエンスに提示した。

(b) そして、右絵川新二は、右経営改善マニュアルに基づき、同年五月から六月にかけて、前記明新クリニックで勤務医として稼働するかたわら、本件病院の経営改善についての調査・検討と、それに基づく助言・指導を行ったが、その具体的内容は、以下に述べるとおりである。

(I) 先ず、経営改善の第一項目として財務関係を取り上げ、前記(a)掲記の資料のほか、いずれも比佐の作成にかかる本件病院の同年四月及び五月分の残高試算表、メーカー別及びデイーラー別の薬剤使用状況表、薬効別薬剤使用状況表、検査項目別薬剤セット使用状況表、院内約束処方に関する資料等を調査・点検して、過剰な支出項目を見い出し、その削減の実行を図るべく、低価格薬剤への変換、各種検査等の外注先の変更を実施し、医療機器納入業者の見直しに着手した。

(II) 次に、第二項目として、本件病院から入手した前記各部門別人件費中の給与明細一覧表、各科別収入明細、週間勤務表、外来別患者数一覧表等を調査・検討した結果、常勤医の不足による非常勤医師への依存からくる冗費の過剰支出や部門別職員配置の不均衡による余剰人員の存在等が判明し、右改善のため、非常勤医師の削減と常勤医師による責任ある医療体制の確立(主治医二人制など)を目指した助言・指導を行うとともに、不採算部分のうちで最も悪化の際立つ産婦人科を同年七月末日限り廃止することを決めた。

(III) さらに、第三項目として、営業成績の向上を図りその方法として医療従事者にコスト意識を徹底させるとともに、使用薬剤の院内セットの見直しを実施し、これと関連して各種検査のセット化による適正価格の維持を図るべく、右絵川新二自らは院内約束処方表、RI検査セット、院内約束点滴セットを作成し、これを実施に移した。

(IV) なお、右絵川新二は、右各種改善項目につき、その都度文書により改善のための助言・指導を行ない同年五月八日から前後六、七回にわたり、毎週木曜日に、院長等本件病院首脳部と経営改善会議を実施した。

(c) 第一事件原告ライフサイエンスは、第一事件被告アート・リバーによるこれらのコンサルタント業務等の事務処理に関して右被告アート・リバーに対し、本件コンサルタント報酬契約第五条に基づく同年五月分及び六月分のコンサルタント料の仮払い金合計金一〇〇万円を支払った(なお、右仮払い金授受の事実は、第二事件において当事者間に争いがない。)。

(d) しかしながら、第一事件被告アート・リバーは本件病院の経営改善のために策定した前記基本方針及びこれに基づく右絵川新二による前記助言・指導は、前記認定のとおり高度医療は高額医療であるとか、医療従事者にコスト意識を持たせるとか等営業成績の向上、即ち収益増大を主眼としたため、前記認定にかかる本件病院の従来の診療方針や医療体制と余りにも相反した。そのため、右絵川新二による右助言・指導は、本件病院において現場の診療に当る医師達の受け入れるところとならず、常勤医師らは勿論のこと、大学病院から派遣されている非常勤医師らの猛反発を受け、多数の非常勤医師を派遣していた関西医科大学が本件病院から非常勤医師を全員引き揚げるという事態にまで進展し、本件病院運営の中心をなす診療部門に深刻な混乱を惹起する結果となった。

右絵川新二は、その間第一事件原告ら代表者前記所の、本件病院経営における高額欠損(赤字)の発生防止を早急に実現したいという意見に基づく懇請を受け同年六月一九日午前午後、同月二六日午前午後、同年七月三日午前午後、同月一〇日午前までの間前後七回にわたり、本件病院の外来診察や内科病棟回診等自ら診療行為に従事した。(なお、右絵川新二が前後七回にわたり本件病院において自ら診療行為に従事したことは、第二事件において当事者間に争いがない。)

しかして、右絵川新二の右診療行為自体、特に右内科病棟回診も、本件病院の診療部門に大きな混乱を惹起する原因となり、結局、右絵川新二の右診療行為実施は、第一事件原告ら側からの中止要請により中止せざるを得なかった。

(e) 第一事件原告ら代表者前記所らは、本件病院診療部門の右混乱状態を見聞するに及び、右被告アート・リバー及び右絵川新二の前記基本方針及びこれに基づく助言・指導に対し信頼を失い、最早本件各契約を存在させることは不可能との判断を固めるに至った。

(f) 一方、本件病院を所有する第一事件原告中央観光バスは、過剰設備が主な原因で、昭和五九年ころから潜在的な経営不振に陥っていたところ、昭和六一年四月になってそれが表面化したため、同年六月初旬ころ、同原告に多額の融資をしている訴外住友信託銀行から右融資を返済する資金を調達するために早急に本件病院を売却処分するか、将来の売却を予定して短期的に他に賃貸するよう強い要請を受けるに至った。

右原告中央観光バスは、右銀行に対し、第一事件原告ライフサイエンスと第一事件被告アート・リバーの本件コンサルタント業務契約等の存在、それに基づく本件病院の経営改善に努力していることを伝えたが、右銀行は、右各契約実施後における本件病院の経営状態からみて右各契約目的の実施は見込みないと主張し、右要請を変更しなかった。結局、右原告中央観光バスは、本件病院の売却か賃貸の二者択一を余儀なくされ希望する売却代金での売却も困難な状況にあったことから、第一事件原告ら代表者前記所は、同年七月中旬ころまでに、本件病院を賃貸する方針を固めた。これに伴って、第一事件原告らは、前記本件病院診療部門の混乱状態、これによる前記信頼関係の喪失に加え、本件病院の経営面における新たな事態の発生とにより、早急に本件コンサルタント業務契約等を解除することを内部的に決定した。

(g) 一方、右絵川新二は、比佐を介して第一事件原告らの本件各契約解除の意向を伝え聞いていたが、同年七月一七日、大阪のロイヤルホテルにおいて、第一事件原告中央観光バス役員訴外北山和秋と面接し、同人から、右絵川新二において比佐から伝え聞いていた右事実関係についての説明を受け、次いで、同月二三日、右ロイヤルホテルにおいて、第一事件原告ら代表者前記所と会談し、その際、右所から、本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約を解除する旨の意思表示を明確に表示された。

その後、右絵川新二は、本件コンサルタント業務契約に基づくコンサルタント業務を一切行っていない。

(ロ) <証拠判断略>

3  そこで、右認定各事実を総合して認められる事実関係に基づき、第一事件被告アート・リバーの本件仮払い金請求の当否について判断する。

(イ)(a)  本件コンサルタント業務契約等の解除が有効であることは前記認定説示のとおりであるが、委任における解除の効果は非遡及である(民法六五二条、六二〇条)から、第一事件被告アート・リバーの右解除以前における昭和六一年七月及び八月分の本件仮払い金請求は、右解除によって影響を受けることはないというべきである。

しかして、右事実関係、特に本件コンサルタント料に関する前記認定に基づくと、本件仮払い金は、本件コンサルタント業務に対する暫定的報酬(毎年六月三〇日までに精算することが予定されている。)であり、しかも、期間をもって定められた報酬(民法六四八条二項但書)と解するのが相当である。そうすると、右法条項からすれば、第一事件被告アート・リバーは、その期間の経過する毎に既経過分の報酬を請求することができる(右法条項が準用する同法六二四条二項)ことになる。

しかし、右法条項による報酬請求においても、受任者が少くとも約旨にしたがった委任事務処理を行って当該期間を経過したことを要することは当然であって、右委任事務処理を何ら行わないのに期間さえ経過すれば当該期間分の報酬を請求できる趣旨ではない(大審院明治三八年五月一〇日判決民録一一巻六九三頁、同昭和一二年六月三〇日判決判決全集四輯一三号八頁参照。ただし、民法六二四条二項関係。)と解するのが相当である。

(b)  そこで、本件仮払い金について定めた本件コンサルタント報酬契約(民法六四八条一項所定の特約に該当すると解される。)第五条をみるに、右条項が本件仮払い金は毎月の本件コンサルタント業務に対して毎月末日限り取りあえず支払う旨定めたものであることは、前記認定のとおりであるところ、右認定に、前記認定にかかる本件コンサルタント業務契約の目的、右目的にしたがった本件コンサルタント業務の性質等を合せ考えれば、右契約条項も、本件仮払い金請求と本件委任事務処理との関係につき、右説示と同旨の内容を持つものと解するのが相当である。(なお、右コンサルタント報酬契約において、仮払い金の具体的な月間支払いに関する約定は、右第五条以外になく、右コンサルタント報酬契約以外の右支払いに関する特約の存在については、主張・立証がない。)

(ロ)  第一事件被告アート・リバーの本件仮払い金請求が本件コンサルタント報酬契約第五条に基づくことは、その主張自体から明らかである。

(a) しかして、前記説示に基づくと、右被告アート・リバーに右契約条項に基づく昭和六一年七月分及び八月分の具体的支払い請求権を肯認できるためには、右被告アート・リバーにおいて、単に右期間を経過したことを証明するだけでは足りず、それとともに、右被告アート・リバーにおいて右期間内に少くとも本件コンサルタント業務契約の約旨にしたがった本件コンサルタント業務を遂行した事実をも証明しなければならないが、本件において、右期間経過の事実はともかくも、右約旨にしたがった本件コンサルタント業務遂行の右事実は、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

(b) かえって、右被告アート・リバーが本件コンサルタント業務契約に基づき右コンサルタント業務を開始してから右契約解除に至るまでの間の一連の事実関係は前記認定のとおりであって、右認定事実関係に照らすと、右被告アート・リバーが右七月八月の二か月間に前記説示にかかる本件コンサルタント業務を遂行したとは認め得ない。

むしろ、右認定事実関係に基づけば、右被告アート・リバーは右期間内右説示にかかる本件コンサルタント業務を遂行しなかったと認めるのが相当である。

そうすると、右被告アート・リバーの本件仮払い金請求は、これに関する当事者間の約定上は勿論、民法上の根拠も欠くものといわざるを得ない。

(c) 以上の認定説示から、第一事件被告アート・リバーの本件仮払い金請求は、すべて理由がないというべきである。

(ハ)  ただ、第一事件被告アート・リバー代表者兼第二事件原告絵川新二が昭和六一年七月三日午前午後、同月一〇日午前の三回にわたり本件病院において自ら診療行為に従事したことは前記認定のとおりであるところ、民法が、委任の半途終了における受任者の既になしたる履行の割合に応じた報酬を規定(同法六四八条三項)しているので、右被告アート・リバーの本件仮払い金請求の主張中には右法条項に基づく履行の割合に応ずる報酬請求の主張をも含まれていると解される余地があり、右診療行為と右規定に基づく本件仮払い金請求との関係が問題となり得る。しかしながら、右被告の右主張が右説示のとおり解し得るとしても、本件において右絵川新二の右診療行為が右被告アート・リバーの本件コンサルタント業務七月分といかなる関係に立つのか、また、右診療行為が、本件コンサルタント業務契約に基づくコンサルタント業務の遂行であるとして、右業務遂行において占める割合等について、具体的な主張・立証がない。

よって、右被告の本件仮払い金請求は、右法条項との関係においても理由がないというべきである。

ただ、右絵川新二の右診療行為が同人個人の診療行為であり、これに対する個人的報酬が認められることは、第二事件において認定説示するとおりである。

(五) (第一事件被告アート・リバーの本件損害賠償請求)

(1)  (本件コンサルタント報酬契約第一〇条所定の本件病院閉鎖を事由とする請求)

(イ)  本件コンサルタント報酬契約第一〇条の規定内容は、前記2(一)のとおり当事者間に争いがない。

(ロ)  しかして、第一事件被告アート・リバーの右契約条項の右事由に基づく本件損害賠償請求は、右契約が有効に存続していること、すなわち、右契約の本件解除が無効であることを前提にしていることは、右被告アート・リバーの主張自体から明らかである。

しかしながら、本件コンサルタント業務契約及びコンサルタント報酬契約の本件解除が有効であること、したがって、右各契約が右解除により昭和六一年七月末ころ終了したことは、前記認定説示のとおりである。

右認定説示に基づけば、右被告アート・リバーの右請求は、その前提とするところで既に理由がないといわざるを得ない。

よって、右被告アート・リバーの右請求は、その余の主張について判断するまでもなく、すべて理由がない。

(2)  (本件コンサルタント業務契約等解除を事由とする請求)

(イ)  本件コンサルタント業務契約及び本件コンサルタント報酬契約が第一事件原告ライフサイエンスの利益を目的として締結された委任契約であること、委任契約において委任事務処理に対する報酬を支払う旨の特約があるだけでは受任者の利益をも目的とするものといえないことは、前記(三)(2) において認定説示したとおりである。

(ロ)  しかして、委任者が委任者の利益を目的とする委任契約を民法六五一条一項に基づいて解除した場合、委任者は、受任者にとって不利益な時期に右解除をしたことを要件に、その損害を賠償する責任を負う(民法六五一条二項)。

しかしながら、本件において、第一事件被告アート・リバーは、単に、本件各契約は受任者である右被告アート・リバーの利益をも目的とするから、右各契約の解除によって不利益を被ったと主張するにとどまり、右法条項の要件に該当する事実、すなわち、本件委任者たる第一事件原告ライフサイエンスの本件各契約の解除が受任者である右被告アート・リバーにとって不利益な時期における解除に該当するものであることにつき、具体的な主張・立証をしない。

そうすると、本件においては、委任者である第一事件原告ライフサイエンスがした右各契約の解除につき民法六五一条二項の適用の余地はないというべきである。

よって、右被告アート・リバーの右請求は、右認定説示の点で既に理由がなく、その余の主張につき判断の必要がない。

(ハ)  ただ、第一事件被告アート・リバーの右損害賠償請求は、本件コンサルタント報酬契約第一〇条を所謂賠償額の予定とし、右条項に基づく請求をも含むと解されるので、この点について付加判断する。

(a) 本件コンサルタント報酬契約第一〇条の規定内容は前記2(一)のとおり当事者間に争いがない。

(b) 民法四二〇条所定の所謂賠償額の予定は、債務不履行から生じる損害賠償額の予定に関するものであって、それ以外の理由から生ずる損害賠償義務について賠償額を予定することは、当事者の自由であり、ただ右債務不履行以外の理由から生じる損害賠償義務についての賠償額の予定については民法四二〇条の適用はなくその効力は、専ら当該契約の解釈にしたがうと解するのが相当である。

(c) しかしながら、本件において、本件コンサルタント報酬契約第一〇条をもって、右説示にかかる賠償額の予定に該当するとは解し難い。

蓋し、(イ)所謂賠償額の予定も、右説示のとおり一つの契約であるから契約当事者間に当該契約締結についての意思の合致を必要とするところ、第一事件原告ライフサイエンス代表者に右契約締結当時右契約第一〇条を本件賠償額の予定として合意する旨の意思を有していたことを認めるに足りる証拠がない。<証拠>によれば、本件コンサルタント報酬契約に右第一〇条が加えられた趣旨・目的は、本件病院の所有者である第一事件原告中央観光バスが右契約締結当時営業不振で企業として存続できるか否か以後一年間の動向にかかっており、したがって、第一事件被告アート・リバーとしては右一年間で本件コンサルタント業務の成果をあげたいと意図していたが、その間、本件病院の経営自体が挫折し右病院が閉鎖する等の事態が発生して、右被告アート・リバーが行ったそれまでの本件コンサルタント業務が無駄になる場合を予想し、その場合における右被告アート・リバーの経済的利益確保の手段を明確にしておくことにあったこと、したがって、右第一〇条は、必ずしも本件コンサルタント業務契約解除の場合の損害賠償を予定したものでなかったことが認められる。(ハ)右第一〇条自体にも、右コンサルタント業務契約解除の文言は存在せず、右被告アート・リバーの責に帰すべき事由によらず、右原告ライフサイエンスが本件病院の閉鎖のやむなきに至った場合との文言が使用されている。このことは、右(ロ)の認定にそうものである。(ニ)右第一〇条中に予定賠償額そのものの定めがない。

(d) 右認定説示に基づき、第一事件被告アート・リバーの本件損害賠償請求は、本件コンサルタント報酬契約第一〇条に基づく請求をも含むと解されるとしても、右契約第一〇条は右請求の根拠事由たり得ないから、右請求は理由がないというべきである。

(六) (反訴請求の結論)

以上の認定説示に基づくと、第一事件被告アート・リバーの第一事件原告らに対する反訴請求は、すべて理由がないと結論される。

第二第二事件原告絵川新二の請求(診療報酬請求)

一  請求原因1(本件診療契約の締結)、2(第二事件原告絵川新二の本件診療行為の存在)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  (第二事件原告絵川新二の本件診療相当報酬額)

1  第二事件原告絵川新二が本件診療行為に従事した目的・経緯・その日時回数は、前記第一、2、(四)(2) において認定したとおりである。

2(一)  第二事件原告絵川新二は、同人の右診療行為の相当報酬額は一回につき最低一〇万円である旨主張し、右主張事実にそう証拠として、右原告本人尋問の結果があるが、右原告本人の右供述は、他にこれを裏付ける客観的証拠がないから、にわかに信用することができない。

そして、他に右原告絵川新二の右主張事実を認めるに足りる証拠がない。

(二)  かえって、<証拠>によると、右原告絵川新二が本件病院において本件診療行為を行った当時、右病院において診療を担当していた非常勤医師の報酬額は、診療行為一回当り金三万円、一日午前午後を通じて診療を担当した場合のそれは金六万円と定められていたことが認められる。

3  右認定事実と右原告絵川新二が本件診療行為に従事した前記目的・経緯等を併せ考えると、同人の本件診療行為に対する相当報酬額は一回につき金五万円、したがって、本件全診療行為(七回)に対する相当報酬額は合計金三五万円と認めるのが相当である。

4  よって、右原告絵川新二は、本件診療契約に基づき、第一事件原告ライフサイエンスに対し、本件診療行為に対する相当報酬額合計金三五万円の支払を求める権利を有するというべきである。

三  (相殺の抗弁)

1  抗弁事実(二)(1) (第一事件原告ライフサイエンスから第一事件被告アート・リバーに対する本件仮払い金合計金一〇〇万円支払の事実)は、当事者間に争いがない。

2  右抗弁においては、先ず、本件相殺の前提として第一事件アート・リバーの法人格否認が主張されている。

よって、最初に右主張について判断する。

(1)  社団法人の法人格は、当該法人格が全くの形骸に過ぎない場合またはそれが法律の適用を回避するために濫用される場合に否認することができるというべきであるから、本件においても、第一事件被告アート・リバーの法人格を否認し得るためには、右説示にかかる要件を主張・立証することを要するというべきである。

(2)  第一事件原告ライフサイエンスは、右法人格否認の主張において、右被告アート・リバーの法人格は全くの形骸に過ぎない旨主張しているところ、右主張事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

(3)  かえって、<証拠>によれば、第一事件被告アート・リバーの事務は、会計事務を含め、第二事件原告絵川新二が右被告アート・リバーと同時に経営している絵川クリニックの従業員五名の兼任によって行われていることが認められ、右認定事実に基づけば、右被告アート・リバーと右原告絵川新二の財産、業務収支等は区別されていると推認でき、したがって、右被告アート・リバー即右原告絵川新二であり、右原告絵川新二即右被告アート・リバーであってその実質が全く個人企業と認められる場合に該当するとまで認めるに至らない。

(4)  右認定説示から、本抗弁における前記法人格否認の主張は、理由がなく採用できない。

3  右抗弁は、右認定説示のとおり右抗弁その前提をなす第一事件被告アート・リバーの法人格否認の点で既に理由がない以上、その余の主張について判断するまでもなく、すべて理由がないといわざるを得ない。

四  (結論)

以上の全認定説示に基づくと、第二事件原告絵川新二は、第一事件原告ライフサイエンスに対し、本件診療行為に対する相当報酬額合計金三五万円及びこれに対する履行期到来後であることは前記認定から、かつ、本訴状送達の日の翌日であることが本件記録から、それぞれ明らかな昭和六二年一〇月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するというべきである。

第三(全体の結論)

よって、第一原告らの第一事件被告アート・リバーに対する本訴各請求は、すべて理由があるからこれらを認容し、第一事件被告アート・リバーの第一事件原告らに対する反訴各請求は、すべて理由がないからこれらを棄却し、第二事件原告絵川新二の第一事件原告ライフサイエンスに対する本訴請求は、前記認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥飼英助 裁判官 三浦潤 裁判官 畠山新)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例